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東方に伝わる儀式なのだと聞いた。
2月14日、好きな人やお世話になった人にチョコレートをあげる。
普通は女性から男性に…だそうだが、そもそもそんな風習のない国だからあまり関係ないのではないかと、東方から来た留学生は笑った。
ふぅん、と。
興味なく流したのは自分なのに。
Happy Valentine
「失礼します」
「おぅ!コーヒーでいいか?」
扉を開けば明るい笑顔が出迎えてくれて、何故だか安堵する自分に気付いた。
放課後の保健室。彼は職員室に戻ることもせずここにいる。
保健医兼数学講師であるヒューズは、毎日のように訪れるロイを歓迎してくれた。
無精髭を生やした、眼鏡の先生。
どうしてこんなにも保健室に通うのか理由は明白。大人で知識が豊富で、教科書一辺倒なロイの知らない世界をいっぱい知っていたから。
正直話すのが楽しかったし、西陽の射し込む保健室は居心地がよくて、一番落ち着ける場所になっていた。
「もうすぐ進級だな」
「はい」
専用とも言っていいマグカップにコーヒーが注がれ、ロイはそれを受け取って一口流し込んだ。
(暖かい…)
染み渡るぬくもりは、まるでヒューズのようだ。
先生と生徒という立場を考えないと言ったらウソになる。
こんな想い抱かない方がいいわけだし、間違いだというのも気付いてる。
決して、口になんてしない。
だからせめてこの国にはないイベントで、想いを伝えることくらいは許してもらえるだろうか。
お世話になっているから。
その理由でもチョコレートを渡すものだと、聞いたから。
「…先生、それは?」
不意に気付く、机の脇に置かれた紙袋。色とりどりのカラフルな包みが、口元から見えていた。
「ああ、これか?なんでも東方に伝わるイベントで“ばれんたいん”とか言うらしい。
留学生から広まったみたいでな。世話になった人物にチョコを送るらしいが、
数学へ手心を加えろとばかりにみんな持って来やがった」
「そ…う、ですか」
なんだか、思いのほか動揺した。
自分以外に同じことを考えた人物がいることに、なんともいえない苦味が全身に広がる。
この、コーヒーのように。
「…ロイからは、ないのか?」
「…っ!?」
「てっきりお前さんも知ってると思ってた」
ニッと口角を上げた表情。頬が一気に赤くなるのがわかる。
きっと、彼にとって意味なんてない。
それに一番世話になってるのは間違いなく自分で、だから誰よりもあげる理由はあるはず。
なのに…
(なん…だ?)
これでいいと、買ったのは普通のどこにでもあるチョコレート。ラッピングなんてしてない、袋に入ったただのチョコ。
あの紙袋にあるのは全て鮮やかで、途端恥ずかしくなる。
誰かになにかを贈るのだから、ラッピングは当然…?
「せ…んせい、は、もうそんなにもらってるじゃないですか」
冷静さを装ってみるけれど、少し声が上擦って。
クッと、ヒューズが笑った。
「他の誰じゃなくて、俺はお前からもらいたいと思ったんだ」
肩に手が回り、不意に近付く顔。
この少し意地悪な保健医は、きっと自分の気持ちに気付いててこんなスキンシップをとってくるに違いない。
反応なんてしたくない。
涼しい顔で、悠然と微笑んで。
いつものように仮面をかぶればいいじゃないか。
けれどそれが出来なくて、ロイは立ち上がった。
泣きそうな、頬を赤く染めた、なにかに耐える表情で。
仮面をかぶれるくらいなら、こんな想いになったりしない。
小手先の誤魔化しじゃどうしようもないくらい、反応してしまうから。
だから……この気持ちを、素直に認めるしか出来なかったのだ。
好きだ、と
伝えられないことがひどくもどかしくて
「どうした?ロイ。怒っ…?」
至近距離、バシッと音がしそうな勢いで投げつけられた袋。
ヒューズはそれを受け止める。
「ぎ、義理ですから!!!」
「ちょっ…」
待て、の言葉の前に、ロイは素早く保健室を駆け出していた。
呆然と、ヒューズはその手に受け止めたものを見る。
「用意、してたのか…」
市販の、どこにでもあるチョコレート。ラッピングすらされていないその様子に、口元が弛むのを抑えられない。
あの仏頂面が、どんな気持ちで買ったんだろう。
『ぎ、義理ですから!!!』
高らかに宣言された。実際はどうであれ、教師と生徒。
守らなければならない一線はわかってる。
ただ、義理であると。
世話になっているからだとロイにキッパリと言われた棘は、胸にチクリと刺さったまま。
「苦ぇな…」
包みを剥いで、一口かじる。
口中に広がるビターな味が、不意にロイと重なった。
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