「これ、トグサね?」
「・・・・・・。」





あの日からこの病室には一輪の向日葵が咲いている。










■ 痕跡 2 ■










「具合はどうだ?」

「―――、少佐か」
病室に入ってくるなり端的に切り出した女にイシカワは目を丸くする。
今日も響いたノックの音に、自分から見れば年若い後輩が顔を出すのだと疑いもせず返事を返すとドアからのぞいたのは付き合いの長い赤い瞳の女上司だった。
彼女がこうして訪れるのは初めてだ。
病人は自由な片手をあげて答えた。
「順調だ。煙草が取り上げられてる以外はな」
「病室だ。我慢しろ」
「珍しいじゃねえか、お前さんが来るなんて」

電通ではなく直接訪れたことに何事かと思って聞いたイシカワの問いには答えず、立ったままの草薙は棚の上に置かれたものを見止めて目を細めた。
それに近づき指先で軽く触れる。黄色い花弁からその下へするりと指を下ろしていく動きはとても擬体には見えない。
「これ、トグサね」
「・・・・・・。」
ちらりと寄越す視線にイシカワは無言で肩を竦めてみせる。その反応を見て草薙はようやくソレから手を離し、ベッド脇へと歩み寄った。
「枯らしてしまうから花は持ってくるなと言ったら、トグサの奴、そんなもん持ってきやがった。目にしたときは正直面食らったぜ」

3日前のことを思い出してイシカワは溜息をついた。





以前、見舞いに訪れたトグサが殺風景な病室を見て花を持ってこようかと言いだしたことがあった。
自分に花など似合わないと自覚しているイシカワは、持ってこられても枯らしてしまうだけだとその案を丁重にお断りした。
その時トグサは一言、了解と言って帰っていった。
トグサは確かに了承したのだ。
それなのに、2日後再び見舞いに訪れたトグサの手には、断ったはずの花が抱えられていた。
イシカワは、これがデジャヴかと思った。
確か、煙草が吸えないと愚痴を零したらコイツは数日後に代替品を持ってやってきた。同じパターンだ。

煙草の代替品は、数個のリンゴだった。
花の代替品は、―――花だった。

しかも、なんだ、その花は。

『・・・・・・トグサ。俺は、花は、いらんと、言ったよな?』
一言一言区切って告げるイシカワの表情はかなり渋かった。眉を顰めて相手の腕に収まっているソレを睨んでいた。
しかしトグサはその様子に怯むことなくきっぱりと、すっぱりと言いきったのだ。

『ああ、枯らしてしまうからいらないって言ってたよな―――生花は。』

トグサの持ってきた見舞いは、既に一輪挿しに活けられた一本の”枯れない”向日葵だった。
一定の音に反応し、その度に黄色い頭をゆらりゆらりと揺らす。その姿は彼の子ども達こそ喜ぶものだろう。しかしこの病室に根を下ろしているのは、可愛い子どもでも年若い女性でもない。いい年こいた髭面のオッサンであるイシカワなのだ。
喜ぶどころか、その不釣合いな光景には誰だって寒気を覚える。

―――こんなものを寄越されると分かっていたら、この病室には違和感しか与えない代物であっても生花の方がまだマシだった。いや、同じ枯れない花でも普通の造花を束で持ってこられる方がよほどマシだった。

イシカワの多大な後悔と、持って帰れという抗議をきれいに無視して、トグサは枯れはしないが壊れる可能性のあるその花を棚に飾った。
その姿を見て、トグサも立派な9課の人間だったと、イシカワは改めて痛感したのだった。





「でも、片付けてないところを見ると悪い気はしてないんでしょう?」
草薙は棚に飾られているソレに顔を向けて、両手を打ち鳴らした。その音に黄色い花弁はゆらゆらと左右に揺れる。
こんなアナクロもたまにはいいわねと呟く横顔は穏やかだ。
その様子に微かな引っ掛かりを感じたような気がしたが問いただすのも何故か躊躇われて、イシカワはその違和感を無視した。
代わりに頭を、背もたれにしている枕へと軽く乗せる。
「―――ま、からかいも入ってるだろうが、それでも見舞いの品だからな」
草薙の言葉をあっさりと肯定したイシカワの顔は至極穏やかだ。
渋い顔になるのは気恥ずかしさからくるものであって、見舞いや手土産が迷惑なわけでは決してない。飾っていて邪魔になるものでもないし、他の人間に目撃されても少し笑われる程度だ。
トグサが選んだものなのだから、これを使ってバトー辺りをからかうことだってできる。
草薙はイシカワの反応に、ただ、そう、と呟いた。

「退院しても大事にしたら?トグサ、これ作るのに苦労してたんだから」
「あ?作る?」
草薙の言葉にイシカワは目を瞬かせる。
草薙は件のものを両手で包むと棚の上から下ろしてイシカワに差し向けた。それを片手で受け取り、全体にじっくりと視線を走らせる。
淡い青色をした一輪挿しに活けられている動く向日葵はとても手造りには見えない。
「―――売り物じゃなかったのか。こりゃ良く出来てるな」
てっきりそこら辺にある市販の玩具だと思っていたイシカワは、ほうっと感嘆の声を上げる。
草薙はくすりと笑って、元は売り物だけど―――と目元を和らげる。
「鉢植えだったのよ」
それ、と、イシカワの手の中にある黄色い花弁に指先でそろりと触れた。
「―――ああ、なるほどな」
「わざわざ花瓶に変えようなんて、彼らしいわね」
最初に購入したとき、それはどこにでもある茶色い鉢に入っていた。その鉢部分だけを取り外して、用意しておいた花瓶に移し替えたというわけだ。
土のように見せていた部分には木工用ジェルだろうか。それを代わりに入れて軽く色を付けたのだろう。花瓶の中に視線を移せば水の代わりにジェルが敷かれてある。手作りと言われれば、確かに少しだけ不格好かもしれないその部分は、逆に波打っているようにも見え、かえって自然だった。

―――わざわざ、造り変えたのか。

なんて奴だ。喉の奥からくつくつと笑いが零れる。
「そりゃ、ますます大事にしねえとな」
「セイフにでも飾るといいんじゃない?寂しい生活に色が付く」
「名前も付けてやろうか」
気恥ずかしい置き土産もここまで手を入れてもたらされたものだと分かると、まったく悪い気がしない。
素直に喜ぶべきかとイシカワは手の中のものを改めて見遣った。
草薙も和らいだ目元のまま、イシカワに微笑んだ。
「そこまで気に入って貰えると、私も嬉しいわね」
「―――うん?なんで少佐が嬉しいんだ?」
作ったトグサが喜ぶのは想像に難くないが、少佐が喜ぶとはどういうことだと首を捻る。
彼女の言葉にイシカワは手元から上司へと視線を移した。

「あら、手伝ったのは私だもの」

「―――。」
今、なにやら聞き捨てならないことを聞いた気がする。滅多に味わうことの出来ない暖かな感情が一気に冷却されたような感覚だ。
イシカワは数秒息を詰めて、自分の聞き間違いであることを頭の片隅で願いながらゆっくりと問い返した。
「・・・・・・何?」
「共有室でうんうん唸ってるんですもの。可愛い後輩を助けてあげたくなるのは、人情だと思うけど?」
「・・・・・・。」
にこりと、上機嫌で話す草薙はとても美しい女性に見えるのだが、悲しいかなイシカワは彼女とは長年の付き合いである。
条件反射のように身構えてしまうのは仕方のない事だ。勿論、表には出さず心情面でだけだ。
イシカワは頭を揺らす向日葵と草薙を交互に見遣る。ある可能性に思い当たると、まさかと思い確認した。
「・・・・・・インターセプター、入れてないだろうな・・・・・・?」
「しないわよ、そんなこと。」
お前の行確をして何が楽しいと思う。
確かにオッサンの一日を覗くなど、草薙の趣味ではないだろう。
否定の言葉に、自分は明らかに対象外だとイシカワは一応の安堵を覚える。

すると草薙はイシカワの手から件の一輪挿しを抜き取った。

その動きにつられるようにイシカワが顔を引き上げると、彼女は向日葵をみつめて妖艶に笑んでいる。そうして、この病室に入って最初にしたように、再度その黄色い花弁をゆるりと撫ぜてうっとりと呟いた。





「仕込むならバトーにするわ。」

「――――――。」





バトーに仕込んで、誰を覗き見るというのか。

思い当たる人物が一人しかいない事実に、見舞いの礼と称して忠告してやったほうがいいのかとイシカワは眉を顰めて思案した。











20091101
9課のお父さんとお母さんと末っ子(+長男)。