上司と部下と元上司 |
| 上司と部下、二人で昼食を摂っているときにピックアップされた話題は巡視船での食事事情だった。 「<しらは>では、たまに夜食でちゃんぽんが出てました」 目を輝かせて話し始めたのは第3隊に配属されたばかりの兵悟だ。 隊長である嶋本と向かい合わせに座り、コンビニのおにぎりを頬張りながら<しらは>の頃を話し出す。 「ほー、さすが長崎」 聞いている嶋本も5管勤務の頃を話すと懐かしくなるが、目の前の人間ほど嬉しそうに話すことはない。 本人は色々と思い出しているのか、その大きな目を懐かしそう細めていた。 どうやら”<しらは>の夜食”は坂崎と深く繋がっているらしい。 自分の弁当を片付けていきながら嶋本は兵悟の顔をちらりと見てそう判断する。 話をしている当人は現・上司のそんな視線にまったく気付いていない。 佐世保勤務から半年も経たないうちに羽田への異動命令が下りた兵悟にとって、巡視船での生活は短いものであったがなかなか濃い思い出が多い。 何か失敗すると当時上司であった坂崎に怒鳴られどつかれ、先輩である櫻井にフォローを入れてもらい、命令違反をしては坂崎にまた怒鳴られる日々だった。 こうして<しらは>勤務の半分は坂崎に怒鳴られていたようなものだったが、それでも彼は兵悟をトッキューに送り出してくれた。 現場で、仕事の基礎を叱り飛ばしながら叩き込んでくれた初めての上司だ。 兵悟にとって今でも頭の上がらない、且つ慕わしい人物の一人である。 その坂崎に関係する話題は懐かしいし、誰かに話せること自体が嬉しい。 無意識なのかもしれないが兵悟は彼の名前を口にする度ににこにこと顔を緩ませている。 まるで小学生が作文で『ぼくのおとうさん』を読むときのようだ。実際、羽田の一部では<しらはのお父さん>で通っている。 「実家の味付けとは違うんですけど、坂崎さんの味付けもすごく美味くて」 その発言に嶋本の箸が一瞬止まる。 坂崎さんの味付け―――? ああ、某隊長(一応プライバシー保護や!)が飛びつきそうな流れ・・・・・・いやいや、坂崎さんの話いう時点で飛びつくわ・・・・・・。 などと、嶋本はちっともプライバシーの保護になってないことを思う。 「なんや、お前上司に夜食作らせとったんか。どんな下っ端やねん」 取りあえず自分の思考は置いといて―と、懐かしいなあと嬉しそうに呟く兵悟に向かって呆れ顔で突っ込んだ。 対する兵悟は、嶋本の呆れ顔と突っ込まれた内容に緩んだ頬を引き攣らせた。 「ち、違いますよー!」 二人の間に置かれてあるローテーブルに身を乗り出す形で訴える。 「部下に恵まれへんかったらオー人事オー人事やな〜」 「野菜や肉の切れ端が余ったときに夜食だーって言って作ってくれたんです!」 坂崎さんに作らせるなんてそんな・・・・・・っと、さっきまでの幸せ顔はどこへやら、一転して必死な顔で言い募る。 休憩中、兵悟をこのネタでからかい倒すのもいい。だが、嶋本はなんとなく疲れそうだと考え直して「さよか」と適当なところで相槌を打った。 そして、早く食べてしまえと兵悟の前に残っている食事を顎でしゃくった。 嶋本の弁当は兵悟を突つきながらも着々と箸を動かしていたため、既にカラだ。 それにはたと気付いて、兵悟は慌てて食事を片付け始める。 ようやく途切れた<しらはのお父さん>の新しい情報を脳内に書き込んだ嶋本は、ペットボトルに入れてきた日本茶を口にした。 嶋本は時々こうして兵悟に話を差し向け、<しらは>の話を引き出す。 勿論、兵悟には気付かせないよう、なんでもない風を装って様々なネタを振る。その中にひとつ巡視船の話を混ぜておけばいい。そうすれば十中八九、兵悟から”坂崎”の話が出てくるのだ。 そうして嶋本は坂崎を知る。 数分無言の時間が流れたが、兵悟は口に食べ物を運ぶ合間にぽつりと言った。 「坂崎さん、面倒見がいい人なんです。口は悪いけど」 黙ってお茶を飲んでいた嶋本は視線だけ動かす。 あれだけ突ついてやったのに―――嶋本は仕方がないというように息をついて、彼にしては穏やかな顔をしてみせた。 「ええお人やないか」 「はい!」 兵悟の顔はやっぱり嬉しそうだ。 「で、」 それから一息置いて嶋本は、兵悟に負けないくらいの笑顔を返した。 「俺はそんなに面倒見悪いか」 「ひっ!」 兵悟のそれとは天と地ほども違う笑顔の質に、彼は思わず悲鳴を上げてしまった。 ん?と小首を傾げる姿が恐ろしい。兵悟は上司の後ろに禍々しいものを見た。 明日の訓練は目一杯面倒みてやるで―――。 後ろの禍々しいものは確かにそう言っている。 ソファに座っていることも忘れて後退するが、当然背もたれに阻まれてしまう。 逃げ場は、ない。 「そそそそんなことないですっいつもお世話になってますっ!」 兵悟はガタンと立ち上がると腰を90度に曲げて勢いよく頭を下げた。 こんなことで嶋本が本気で機嫌を損ねるわけがないのは兵悟にもよく分かっている。 しかし、悲しきは新人時代。 鬼軍曹とヒヨコの関係は骨の髄まで浸透し、消えることはない。 兵悟の顔色は真っ青で、かきたくもない嫌な汗が背中を流れている。 そんな兵悟に目もくれず、嶋本は手にしていたペットボトルを自分の顔の横にまで持ち上げた。 その口の部分を3本の指で摘み、軽く振ってみせる。 「茶ぁ切れた」 「買ってきます!!」 嶋本の一言に、兵悟は財布をむんずと掴んで100メートルダッシュよろしく部屋を出ていった。 嶋本は追い出した兵悟の姿が見えなくなったのを確認すると、自分の携帯を取り出した。 画面に呼び出した名前は”坂崎太一郎”。 西海橋での海難後、一人で真田を見舞いに来た本人から聞き出したアドレスだ。 メールを開き手早く打ち込んでいく。 兵悟は知らないことだが、嶋本は坂崎と時々連絡を取っていた。内容は主に共通の知り合いである兵悟と真田のことである。 本当なら電話が一番なのだが、それは真田のものだ。だから真田の使用頻度が少ないであろうメールを選んだのだ。 ちなみに嶋本は、真田にはどうしても遠慮してしまうが兵悟相手に遠慮する必要はないと思っている。 だから兵悟から坂崎の情報を引き出し、それを彼と自分を繋げる糧とすることに躊躇いはまったくなかった。 得た情報をもとにこまめにコミュニケーションやと呟いて、嶋本はひっそりと笑った。 「今日もネタ提供感謝感謝やで神林」 |
|