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みぎの手と、ひだりの手と。2 |
| 「今日は野球で勝負や!」 「飯を食いに来ないか?」 今日は最初から会話が噛み合っていなかった。 「・・・・・・。」 なぜ自分はここにいるのか。 いつも通り勝負を持ちかけたはずなのにと、嶋本はダイニングテーブルの椅子に腰掛けた状態で硬直していた。 キッチンでは坂崎甚が鍋に火をかけている。 その様子から、この後その鍋の中身が振舞われるのだと分かりはしたが、困惑は深まる一方だった。 そう、いつも通り昼休みを利用して坂崎甚を捕まえ、勝負をしろと申し込んだ。 彼は嶋本よりひとつ上の学年に在籍している、所謂”先輩”だ。 2年生の教室まで出向いたのだが、その中で目立つはずの”1年生”を周囲はああ、またかという目で見ていた。 室内に相手がいることを確認すると勢い良く教室の扉を開け放ち入り口から叫ぶ。 「坂崎甚!今日は野球で勝負や!受けて立て!!」 室内に残っている生徒の視線が一斉に扉へと注がれる中、友人とプリントを片手に話をしていた甚は驚くでもなく、ちょうど良かったと言って席を立った。 なんだまた勝負すんのか?という周りの声には答えず、すたすたと扉まで来ると嶋本が口を開く前にこう言ったのだ。 「飯を食いに来ないか?」 「 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。 」 辺りはシン・・・と静まり返った。嶋本の口は”三本勝負や!”と告げようとした”さ”の形で固まっている。 室内に爆弾を落とした当人は、周囲と目の前で自分を凝視してくる後輩の様子を気にすることなくマイペースに話を続ける。 「放課後、校門で待っていてくれ」 無言を肯定と捉えたのか、甚はこれで話は終わったとばかりに自分の席へ戻ろうとした。 その背を見て嶋本はようやく復活する。 「ちょっ、ちょお待て!」 「どうした?」 「どうしたもクソもあるかっなんや飯食いに来いって!」 「嫌なのか?ポトフだ、うまいぞ?」 「好き嫌いの問題やないっなんで俺がアンタんとこに飯食いに行かなあかんのやっ?!」 「なにか不都合か?ああ、親御さんに許可を頂かないと駄目か」 「ちゃうわっ!!なにが親御さんやそんなん普段から勝手に外で食うたりしとるわっ」 「では問題ないな」 どうにも噛み合わない会話に嶋本はイラつく。 「せやからっ」 それでも嫌がる後輩をじっと見て少し考える素振りをした甚は、すっぱりと判決を下した。 「勝負は普段から受けているだろう?たまにはこちらの要望も聞いてくれ」 嶋本の訴えはここに棄却され、放課後現れた坂崎甚に渋々付いていくこととなった。 黙って付いていくと着いた先は小奇麗なマンションだった。 濃い灰色を基調に白いラインが縁取られている落ち着いた外観で、各階2戸合計6戸の設計がなされた3階建てのマンションだ。 エントランスをくぐり3階まで上がると坂崎甚は左右にある玄関の片方で立ち止まる。 カードキーを使ってドアを開けると、どうぞと言って体を横へずらし少し緊張気味に立っている嶋本を室内へと招き入れた。 そうして現在に至るわけだが、嶋本の眉間の皴は深くなるばかりだ。 勝負を吹っかけてくる奴を飯に呼ぶなんてホンマ意味分からん。仲良しこよししたいわけやないやろに・・・・・・まさか懐柔のつもりか?! そう考えるが、連勝続きの坂崎甚が嶋本を懐柔する必要はまったくない。その辺りは嶋本本人も分かっている。 ・・・・・・まったく理解できへん。 そうやって嶋本がテーブルと睨めっこをしている間にも鍋は温まり、相手は着々と食事の準備を進めていた。 「おかわりはたくさんあるぞ」 その声にはっとして顔を上げると既にテーブル上には食事が湯気を立てて並んでいた。 向かいには甚が座り、手を合わせている。 「いただきます」 きっちりと挨拶をすると早速箸を動かし始めるが、対する嶋本はさてこのまま食べてよいものかと迷った。 ここまでついて来たのだから結局は食べることになるのだろうが、訳も分からない状態で口を付けるのは落ち着かない。 嶋本のそんな葛藤に気付くことなく、甚はご飯を咀嚼しながら首を傾げた。 「早く食べないと冷めてしまうぞ」 「っ、え・・・・・・あ」 箸も付けずに食事を睨んでいる姿に食えと促すと、嶋本はびくりと肩を揺らす。 「? もしかして、嫌いなのか?」 「あー・・・いや、そんなんや・・・・・・」 ないねんけど・・・・・・と尻すぼみする語尾に、甚はさくさくと箸を進めながらじゃあ苦手なのかと判断した。 「苦手でも少し食ってみてくれ。兄の料理は大概美味いんだ」 「や、せやから・・・・・・え?」 「ひょっとしたら、これで苦手意識がなくなるかもしれないぞ」 「・・・・・・」 「どうした?」 「アンタ、上に兄弟おったんか・・・・・・」 嶋本は坂崎甚のことを一人っ子もしくは長男だろうと思い込んでいた。なぜかと言われると、そうとしか思えない、が彼の答えだ。 厳密に言えば違うのだが、甚にとっては戸籍上や血の繋がり等そんなことはどうでもよく、兄は兄なのだから頷くことで答えを返した。 「兄が1人と、弟が1人だ。今は兄と暮らしている」 「はあ・・・・・・」 予想外の返答に嶋本は目の前の食事を改めて眺める。 「これ、お兄さんが作りはったんか・・・・・・」 確かに、坂崎甚が作ったとは思っていなかったが。 テーブルを見つめて呟く嶋本から食事へと視線を戻した甚は、またぱくりぱくりと食べ始める。 「昨夜、作りすぎたから誰か連れて来いと言われたんだ」 だから食ってくれと言う甚の言葉に嶋本は、自分が消化係りとして呼ばれたのだと分かった。 そういうことやったら、ええか別に。 恩を売られるわけでも、懐柔でもない。仲良しこよししようということでもない、ただ作りすぎた飯の消化。 坂崎甚をライバル視している身としては理由がはっきりしないうちは手を付けられなかったが、これで気持ちが楽になった。 楽になったら急に空腹感に襲われた。実に現金な腹だと恥ずかしくなったが甚の言うとおり目の前の食事は美味そうなのだ。 自分だって食べ盛りの真っ最中、腹が減らないわけがない。 「しゃーないから食ったるわ」 自分の空腹っぷりを悟られないよう、いかにも仕方ないという口調で言い放って嶋本は、ようやく食事にありついたのだった。 「あれ?もう帰っちゃったのか?」 弟よりも2時間ほど後に帰宅した太一郎は、挨拶もそこそこに床を見回してそう言った。 玄関にある靴は高校生の弟と自分のものだけだ。 残業はしてきたが、そんなに遅くならないように済ませてきたし、これでも急いで帰ってきたのだ。 ひょっとして弟は誰も連れてこなかったのだろうかと靴を脱ぎながら首を捻る。 キッチンを覗くと弟は食器を片付けている最中で、兄を認めるとおかえりと声をかけてきた。 「ただいま、友達は?」 「さっき帰った」 「ええ〜・・・・・・、折角土産買ってきたのになあ」 あーあ、と溜息をつきながらがっくりと肩を落としている兄の手には、銀色の文字が細く箔押しされた小さな白い箱が握られている。 甚にはどこの店のものかさっぱり分からないが有名な菓子屋のものなのだろうと箱をテーブルに置く兄を見ながら思った。 兄は交友関係が広いせいかそういうものにやたらと詳しい。 本人は弟の視線に気付かず、右手でネクタイを軽く掴むと左右に小さく動かし首元を緩め、ふっと息をつく。 「甚の”お友達”を拝めると思ったのにさ・・・・・・」 「擦れ違いだったな」 眉を八の字にして心底残念だという風に呟く兄はガスコンロの前まで移動すると鍋の蓋をぱかりと開けた。 中を覗くとそれまで半開きだった目を嬉しそうに細めておお、減ってる減ってると言った。 甚はそんな兄の様子を黙って眺める。自分と違ってくるくると表情を変える兄が好きだと、そう思う。 もうちょっと引き止めときゃよかったのにとの言葉に、甚は聞こえない振りをした。 兄が帰宅する前に嶋本を帰したのは、会わせたくないなと思ったからだ。 甚にとって兄との空間は大事なもので、この時間に(兵悟以外の)他の人間が入ってきて欲しくないと思っているからだ。 そんな弟の気持ちを、兄である太一郎は今のところ気付いていない。 「美味かったと言っていた。3回おかわりした」 「へえ、そりゃまた凄いな」 「ああ、正直驚いた。あの体のどこにあれだけの量が収まっていくのか」 片付けた食器とは別の、兄専用の食器を出していきながら後輩の食いっぷりっを報告すると、もう一度鍋を温めようとコンロに火を付けた兄は怪訝そうな顔で弟を見た。 「あの体って・・・・・・なに?痩せてんのか?」 「いや、小柄なんだ」 今度は冷蔵庫から作り置きしてあるお茶を取り出してコップに注ぐ兄に、甚は手を自分の肩あたりまで持ち上げ、これくらいだと示す。 太一郎は自分と比較すると頭ひとつ半の差が生じる背丈に少しだけ目を見開いた。 「ちっちぇえ」 「普段よく動いているから、その分食うだろうと思ったんだ」 甚は兄の食事をテーブルに並べていく。 「ふーん、そかそか・・・・・・ん?じゃああれがそうか?」 兄は宙を見つめて何かを思い出したように呟いた。マンションに辿り着く一歩手前、あと距離10メートルという場所で子どもと擦れ違った。学ランに身を包んだ小さな男の子だ。 「・・・・・・会ったのか?」 「ココ着く前に中1くらいのガキとは擦れ違ったけど」 「癖っ毛で、目つきが悪い」 「んー・・・どうだったかな。そこまで覚えてねえな。もう暗かったしさ」 そう言って着替えるために部屋に向かう背を見送りながら、もう少し早く帰せば良かったかなどと独占欲丸出しなことを思う。 甚としては今回、たまたま教室に来た後輩を呼んだが、兄が連れてこいと言わない限りは誰もこの家に呼ぶ気はなかった。 ガスコンロの火を止めて鍋の中身を皿へ移す。夕飯の支度を済ませると椅子に座った。 「お前、食わなかったの?」 Tシャツにジャージというラフな格好で戻ってきた太一郎は、テーブル上の食事と向かい側に座る弟を交互に見遣る。 友人を連れてきていたのだから当然一緒に食っただろうと思っていたが、目の前のテーブルには2人分の食事が並んでいた。 「まだ半分しか食べてない」 「・・・・・・」 甚はよくこういうことをする。極力兄と共に食事を取ろうとするのだ。 太一郎は残業もしなくてはいけないので何時に帰宅できるか分からない毎日だ。 食べ盛りの高校生が夜半まで食わずにいるのはきついだろうとの思いから何度も、待たなくていい、先に食っとけと言い聞かせている。 だが何度言っても甚は聞こうとしない。 自分が仕事で午前様になるときや付き合いでの飲み会に参加するときはさすがに一人で食事を終わらせているが、そうでないときは待つ、もしくは半分食べて待っているのだ。 昨夜友達を連れてこいと言ったのは、いつまでも自分を待つ弟でも友達となら一緒に済ませるんじゃないかと、ちょっとした目論見も含んでいた。 まあ、こうやって待っててくれるのは正直嬉しいけどな。 結局は弟に甘いことを自覚しながら、作戦は失敗か・・・・・・と苦笑いを浮かべる兄の心など知る由もなく、甚は箸を持って待っている。以前太一郎に言った言葉通りに。 ―兄さんと一緒に食べたいんだ。 「じゃ、食いますか」 「いただきます」 いつもの2人の時間に戻った。 おまけ 〜食後のおやつ〜 「ところでどうしてケーキなんだ?普段あまり食べないのに」 「ん〜?ひょっとしたら甚が彼女連れてくるんじゃねえかと思ってさ。女の子だったらケーキが無難だろ」 「・・・・・・」 「? ん? なんだ? どうした?」 弟の想い、兄知らず。 |
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